
天才ではない普通のお子さんをお持ちの親御さん、普段からお子さんを叱っていますでしょうか(笑)
私は例にもれず時々中学受験を通して子供を注意したり、叱ったりしています。
しかし冷静に考えてみると、我々は中学受験を通して子供の非認知能力を伸ばすことに尽力しているのかもしれません。
認知能力と非認知能力の違いは?
では認知能力と非認知能力の違いは一体なんでしょうか?
ここではChatGPTに質問してみました。
- 認知能力
- 知識や情報を理解し、処理する能力
- 具体的には、記憶、論理的思考、問題解決能力、計算能力など
- 非認知能力
- 感情や社会的なスキル、自己管理能力など
- 具体的には、自己制御、協力性、コミュニケーション能力、意欲、忍耐力など
- 特に人生のさまざまな場面での成功に重要な役割を果たす
まとめると認知能力は主に知識や情報処理に関連し、非認知能力は人間関係や自己管理に関連するスキルになります。
(さすがChatGPT!!)
記憶、論理的思考、問題解決能力、計算能力などと書いてある通り、中学受験で好成績を収めるために伸ばすべき能力は非認知能力ではなく認知能力です。
中学受験で子供を叱る理由は?
では認知能力を伸ばせばいいと誰もがわかっている中、我々は何を理由に子供を叱っているか確認してみます。
以下はここ最近、私が小4息子を叱った内容の一例です。
- 姿勢が悪い(足を立てたり左手を添えなかったり)
- 文字を綺麗に書こうとしない
- 勉強が終わっていないのにゲームを始める
- 絶対終わると宣言して後回しにしたのに、結局妹と遊んで終わらない
- 復習なんてやらなくてもこんなのできると断言し、結局できない
あるあるですね。。
姿勢が悪いとか文字が汚いとか、親であれば誰もが一度は叱っていそうな気がします。
しかし冷静に考えてみると、これらは一つも認知能力を伸ばすことに直結しているわけではありません。
物事に取り組む姿勢や自己管理能力など、我々が叱っている内容は明らかに「非認知能力」に関することです。
もちろん認知能力、つまり成績の低下で子供を叱る場合もあるかと思います。
しかしそれですら成績の低下を直接叱っているわけではなく、やるべき復習や取り組むべき問題集をないがしろにしていた子供の態度・姿勢を叱っているはずです。
我々は中学受験を通して子供の認知能力の向上を目指しているはずなのに、非認知能力を伸ばすことにむしろ労力を割いているようなのです。
なぜ我々は非認知能力を伸ばそう(是正しよう)とする?
我々が子供の非認知能力を伸ばそう(是正しよう)とする理由はなんでしょうか?
それはまさにChatGPTに書かれている通り、非認知能力は「特に人生のさまざまな場面での成功に重要な役割を果たす」のだと我々が無意識に認知しているからだと考えられます。
少なくとも私は多少認知能力が劣っていたところで人生に暗い影を落とすとは思っていませんが、姿勢、態度が悪かったり、字すら丁寧に書こうとしない人間の人生が成功するとは考えていません。
私は親が中卒なので、余計この考えが強固なのかもしれません。
いずれにせよ叱ることにより、我々は意図せずして子供の非認知能力を伸ばそう(是正しよう)としています。
それ(非認知能力)が人生においてとてもとても大事であると認識しているがゆえに。
まとめ
今回は「叱って伸ばす」は非認知能力?と題し、なぜ我々が中学受験を通して子供を叱っているのか分析してみました。
我々は非認知能力が人生において非常に重要であると無意識に認知しているがゆえに、非認知能力を伸ばそう(是正しよう)と思って子供を叱っていると考えられます。
本来であれば中学受験に直接関係があるのは認知能力の方ですが、これの大小で子供を叱る親御さんはあまりいないような気がします。
成績が悪いとショックは受けますけどねー(笑)
ある程度子供が成熟した高校受験以降で非認知能力に関する教育がメインになることはあまりないと思われますので、やはり中学受験というイベント、そしてそれを通した教育というのはユニークで興味深いと言えるかもしれません。
ちなみに中学受験において叱ることが当たり前と勝手に判断してこの記事を書きましたが、最初から物事に取り組む姿勢が優秀で叱る必要がないお子さんがいるのかも気になります。
実はダンスィ限定かこの記事は?
さらには超天才、つまり成績はめちゃめちゃいいが態度がクソみたいな子供の教育はどうすべきか、そしてなまじ成績が良いせいで非認知能力を是正出来ないままその子が成長したら将来どんな大人になるのかもちょっと気になります。
個人的にはクソみたいな大人になると思うんだけどなー。
では理系パパでした。



